フランス

【車椅子でも容赦なし】パリで起きた悲劇、そして人の優しさに涙

こんにちは!miyoです。

衝撃的なタイトルですが、体は元気で旅は続いています。

さて、今回はパリ観光の定番中の定番、ルーブル美術館付近で起きた悲劇についてお話しします。

少し長くなりますが、お付き合い頂ければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

本題に入る前に

今回の旅では、本当に出会いに恵まれています。

以前にブログで紹介したポーランド人のマヤ、彼女はなんの見返りも求めずイギリス滞在中の六日間のうち約三日間も一緒に旅を共にしてくれました。

ストーンヘンジに行けたのも、タイタニック出航の地サウサンプトンに行けたのも彼女のおかげです。

 

 

助け合いの中で生きているなぁ、自分にもできることがあれば進んでヘルプしていこう!」

 

 

と誓ったまさにその日、とある出来事が。

フランスへのユーロスターのチケット売り場で私の隣の隣でチケットの手続きをしていた中国系の女の子が何やら困っている様子。

うーむ、しかし中国語は話せないし英語も自信無いしどうしようか、、と考えていたら、

困っていた彼女の財布からちらっと福沢諭吉が見えたのです!

 

 

「大丈夫??」

と自分のカウンターから声をかけてみましたが伝わらず、思い切ってその子の元へと近寄って行き、改めて「どうしたの?」と聞いたら、本来乗るはずだったユーロスターが間に合わなくて、遅延料金30ポンドを払う予定がクレジットカードをなくしてしまった・・とのこと。

現金(ポンド)は既に使い切って手元に無いようで、これから日本円を両替していたらさらに電車が遅れてしまいそう。

 

 

彼女はとても困っている。

とっさに私は自分のクレジットカードを出して、彼女の30ポンドを立て替えました。

連絡先などを教えてもらい、到着駅は同じなのでフランスでお金を返してもらうよう約束。

彼女は僕の一本早い便なので急いで列車に向かっていきました。

 

 

到着した駅で彼女は待っていました。

どうやら無事に乗れたようで、ちゃんとお金を用意して待ってくれていました。

感謝の言葉を頂き、うん!フランスでもいいことありそう!と上機嫌のままその日は眠りました。

 

 

 

 

悲劇の始まり

朝から陽気に準備を進め、念願のルーブル美術館へ。

コンコルド広場という場所からチュイルリー庭園という砂利の多い広い公園を抜けてルーブル美術館を目指したのですが、そこで40歳くらいの女性に声をかけられました。

「私たちは、車椅子や聴覚に障害がある方達を支援している団体です!もしよろしければこちらにサインをお願いします。」

とプラカードを渡され、おー助かるなぁじゃあこの砂利の多い公園をぜひ押して手伝ってくださいと言おうとしたら、寄付を求められたのです。

 

 

「今ユーロを持ってないから、ごめんね」

と私が言ったらコインでもいいんです、お願いします。」というのでコインを探すのに財布を出してみたら中に20ユーロが。

昨日助けた女性から返してもらったお金でした。

うーん、20ユーロか〜としぶりながら考えていると、声をかけてきた女性はスッとその20ユーロを自分のポケットに入れてどこかへ行ってしまいました。

 

 

随分荒い寄付集めだな〜、まぁ仕方ない。

それよりルーブルが楽しみすぎたので、自分はすぐにそのことは忘れてルーブル観光を楽しみました。

 

 

 

 

パリの本気

ルーブルを大いに満喫し、近くの両替所でイギリスの余ったポンドと日本円をユーロに両替しようと財布を開けたら、両替用に用意しておいた日本円5万円が無くなっている・・

しかし、今日はあの20ユーロを払った時以外財布は出していないし・・

 

 

そうなんです。

彼女は20ユーロをスッと取った瞬間にその財布に入っている5万円も奪い取ったのです。

ですが私は、ずっと財布を見ていたので5万円を取られているとは思いもしませんでした。

気づかなかった、気づけなかった?

あ、鮮やかすぎる。。

パリの本気を見ました。

 

 

 

 

湧き出る心の涙

助け合いの中で旅をしています。

イギリスでも人に助けられ、人を助ける事ができて本当に良い旅ができてるなぁ・・と思っていました。

だからこそ、今回の非道な手段には正直参りました。

車椅子を支援する(と名乗っている)団体が車椅子からお金を奪うなんて・・

お金の問題じゃなく、人としてどうなのかと。。良心は痛まないのか?

仕方ないですね、取った方も悪いですが、取られた自分も悪いんです。

旅の序盤である意味良い経験ができました。

これからもっと危険とされる国にも行くので、気を引き締めてめげずに進んでいこう!と誓いました。

 

 

 

 

救いの神、ピエール

話はもう少しだけ続きます。

事件後ホテルに戻った後、レセプション(受付)のピエールに今回の件を伝えました。

彼は、パリに着いたその日の夜もレセプションに居て変換プラグを貸してくれたり、何かとサービスしてくれたりとすぐに仲良くなる事ができたとても良い方です。

ピエールは、私の話を聞くと、自分も同じような事件の被害にあったことも話してくれたり、ずっと慰めてくれて、気がついたら30分以上話をしていました。

 

 

そして次の日の朝、ピエールからメールが。

「実は昨日のMiyoの話を受付担当全員に話したんだ。そしたら、少しでもMiyoが楽になるようにアレンジしてあげようよって決まったんだ。 もし、何かあったらいつでも電話してね!」

泣きそうになりました。

朝食も高くて(1日15ユーロ※約2000円)素泊まりにしてたのが、メールには「朝食もタダで自由に食べても良いからね♫」とも書いてあり、心から感謝しました。。

 

 

 

早速お礼のメールを返し、もしよかったらご飯にでも行かないか?と誘ってみました。

するとすぐに返事は来て、「じゃあルーブル美術館に行こう」と。

え、何言ってるんですかこの方。僕のトラウマスポットにあえてまた連れて行こうとするなんて正気の沙汰とは思えない。

しかも私はご飯のお誘いをしたのですが・・

しかしながらどうしても連れて行きたいらしく、私は彼についていきました。

 

 

夜のルーブルに着くと、前回来た時とはまた違う顔がみられました。

「この日は美術館がいつもより遅くまでやっているんだ、さぁ行こう!」

どうやらピエールは大のルーブル好きらしく、私が一人で散策した時とは比べ物にならないほどの情報量を持ってそれぞれの美術品のことを説明してくれました。

閉館前で人は少なく、夜なので照明はやや薄暗く感じる所も。

まさにナイトミュージアム。

 

 

また、ルーブルの周りにある歴史的建造物や有名な観光スポットにも、とても楽しそうに案内してくれて、だんだん自分まで楽しくなってきていました。

 

そして、ピエールは夜空を眺めながら僕に一言語りかけました。

 

 

「君の悲しい思い出が残ったルーブルを、楽しかったルーブルの思い出に変えてあげたかったんだ。」

 

 

ここで心の涙ナイアガラ状態です。

大感動。

ここでさっき湧き出た悲しい心の涙も、喜びの涙に変わりました。

 

旅でなくても生きていれば嫌なことも傷つくこともあるし、涙が出るほど悔しいこともあるけれど、

それで自暴自棄にならないで、生きていれば必ずその分、いやそれ以上の良い事が待っているんだなぁと思いました。

 

 

旅を始めてまだ10日弱、あと260日近く残っていますが、思ったより濃く、深い、人生を変える旅になりそうです。

 

 

長々と読んで頂き有り難うございました!

旅は、楽しいものです。

 

 

最後に、ピエールとのセルフィーを一枚。

※ピエールの本名はドミニクと言います。見た目的にそう心の中で呼んでいました。すみません。

 

 

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